読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

DAYDREAM

つまらないことを、つらつらと。

個性と同調圧力の辺縁で

私は多分、幼少期にへんちくりんな子供だった。
自分が興味を持ったこと以外目の中に入ってこない、友達と遊んでいても目の前を蝶々が飛んでいくと蝶々を追いかけて何処かへ行ってしまうような子供だった。

 

そんなだったからか、人間の反応は怖かった。
ちょっとからかわれようものなら、自分の存在を否定されたかのように泣いた。
自分だけの世界で完結できないものが苦手だったみたい。

 

その後、幼稚園、小学校、中学校と、社会性が必要とされる場ではとことん嫌がられた。
人間、怖かったんだと思う。クラスメイトの行動に逐一怯えるようになり、イジメを惹起する。

 

とはいえ、殴られたり、お金を取られたり、そういうイジメではなかった。
触ってもらえなかったり、二人組を組ませてもらえなかったり、無視されたりといった感じだった。
あの当時の同級生は、私がいじめられていたと思ってなかったみたい。変な子だから付き合いたくないだけで。
9歳の頃すでにうつ状態であったようなエピソードを持つ「可哀想な子供」だったけど、それは感受性の問題だったのかもしれないし、そうじゃなかったのかもしれない。

 

周りも私自身も大人になった、義務教育終了後は、精神的にも落ち着いたし交友関係も良好だったと思う。
ただ、高校の頃も、大学に入った頃も、私は人間に怯えながら少し斜に構えながら「一人でも居られる自分」に酔っていた。
ちょっと前に話題になった「便所飯」をやらずに済んだのは「一人でご飯食べてる私自立しててカッコイイ!」という謎かつカリソメの自尊心によるものだった。

 

大学生になっても相変わらず私は、脳みその中でストーリーを妄想したり、空を行く雲を何時間でも見上げていたり、授業がつまらなくて「催眠術師」とあだ名された教授の言葉を全部ノートに取らんばかりに「ノートをとること」に熱中したりしていた。

 

「みんなで何かやること」の中に入って行くことがどうしても苦手だった。
学科の友達にはとても恵まれていて、本来の大学生らしく楽しそうに興味深そうに勉強していたのに、そこに入り込むことができなかった。
オツムの出来の問題もあったかとは思う。
「ノートをとること」は大好きだったのに、理解していなかったので、よく友達が私のノートをコピーしてテストを受けて良い点を取っていた。もちろん私より点数は上(^^;;

 

なぜか「催眠術師」のゼミに入った私、真面目さだけが取り柄だったので連絡係とかを申し使っていたけど、ゼミ生の人達とは卒業後すぐに縁が切れてしまったな…。
本当はヤンヤいいながら研究したかったけど、教授も定年間近で静かな人だったので、ゼミで活動した記憶があまりないんだな…一度みんなで教授のお家に遊びにいったことはあったけど、それくらいで。

 

もしも…ボンヤリするか、熱中するかが大好きなあの子供が、それでもいいんだよと手を広げてくれる場に行き当たっていたら、どうなっていたんだろうな、なんて考える。

 

いや、私にうまく「入っていく」技術…個性と同調圧力の真ん中でバランスをとりながら楽しむ技術を身につけるキッカケがあったら、だいぶ変わっただろうと思う。
あの当時の私には、それは理解できていなかった。集団の辺縁でうずくまりながら「私は一人でもいいの」という嘘に安堵していた。

 

今からでも、何かできるだろうか?
「なんとか単位を落とさず出られた」という恥ずかしい成績で大学を出たあと、それまでと同じだけの年月を生きてきてしまったが、何かに真摯に向かい合うことはまだ可能だろうか。

 

言うまでもなく、「可能」なのだと思う。
私がやる気と興味を取り戻せば、それはいつでも。
倍の年齢を生きた私には、生来欠けていた部分を経験で補う「豊かさ」を持ち合わせているはずだ。一般的な人よりも少ないかも知れないけれども。
もとより「変な子」だった、その特性はきっとどこかで生きるはずだと思う。熱中、独創性、想像力…いいものはたくさん持っているはずだ。

 

一方で文芸サークルに入って脳みその中の妄想をお外に出す活動もしていたが、それはまたの話。

 

conobie.jp