DAYDREAM

つまらないことを、つらつらと。

ママになれなかった嘆き

イベントとかで「ママのための◯◯」とか「ママの◯◯教室」とか、よくあるわけで、

 

でも、40をはるか過ぎても子宝に恵まれなかった私としては、この、

 

私くらいの年代の女性は大体ママっていう扱いがすごく嫌い。

親という立場しか許されないのか、40代女性は。

まして、お勤めもしていない私は、ワーキングでもマザーでもない。

こうした人種は、日本にはいないことにでもなってるのか、一般のイベントでも役所やNPOなどのイベントでも、対象にされているのを見たことがない。

 

子供のいない専業主婦なんて生き物は絶滅した、と思われがちだが、ちゃんと存在する。

上位専業主婦と下位専業主婦に分かれる。

上位のほうは、有閑マダムだ。働かなくてもお金もあるし、遊びに費やせるから友達もいる。子はいなくても将来生きて行くためのお金の心配もないからのんびり暮らせる。羨ましい限りだ。

下位の方は、働かないんじゃなくて「働けない」。体を壊していたり、「妻は家を守るもの」という勘違いした夫に支配されていたり(稼ぎが十分なら上位の仲間だが、そうでないのに支配されることもままあるそうな)、必死に不妊治療していたりしてメンタルもお財布もフラフラな人種だ。

 

下位の方は、役所やNPOが「ママ以上に」サポートしてもいいと思うのだが、全くいない層だと捉えられているのか、そういう企画を見たことがない。

この人達は、お金がなく、引きこもりがちで、孤独だ。横のつながりがなければ、役立たず扱いをされて家庭で小さくなっているしかないという人も、何割かはいる。

 

私は、ここでの分類では「下位」に入るかと思うが、幸いにして引きこもらずに済んでいてそこそこ友達もできたし、SNSなどの活用で世の中と繋がれている気がしている。

ただ…将来、ということを考えると、やはり後を見てくれる人がいない不安は当然にある。

 

子供ができなかったことは、自己責任で、子無し夫婦がどうなろうと社会的に知ったこっちゃないのかもしれない。

将来税金を納めてくれる子供と、それを育てるママに、重点が行くのは仕方がないのかもしれない。

 

でも、子無し専業主婦にも、どうかスポットを当ててほしい。

有閑マダムじゃなくて、将来がとても不安なタイプの女性達に。

産まなかった、ではなく、産めなかった人達に、せめて、横のつながりをつけてあげてほしい。趣味でもなんでもいいから、この人たちが孤独にならないようにしてほしいんだが…。

パブリシティ権についての当たり前すぎてアレな記事

某知人が、なんか変な方向で「正義」を振りかざしていたので、思わず反論しようと思ったんだけれども、その反論は彼女にとっては腹立たしいだけだろうな、と思い、こっちにこっそりと書くことにした。

 

至極当たり前の「パブリシティ権」の話である。

 

前提条件として、

◯ある占い師が、小室哲哉をネタに占いをやった記事をブログに書いた。

◯それを見た知人が「個人情報を使って占いをやって、占い師である自分の宣伝をするなんて、あってはならないこと」とFacebookで怒りをあらわにした。

 

以下の文は、知人に向けて書こうとして仕上げるところまで書いてこちらに引き上げて来た文である。

 

゚★。.:*:・'゚☆。.:*:・'゚ 。.:*:・'゚☆。゚★

 

リンク先読んで来ました。


有名人で、誕生日や本名等公表されている方については、この程度の利用法は「おかしい」と糾弾すべきものではないです。

 

パブリシティ権」という「人に備わっている、顧客吸引力を中核とする経済的な価値(パブリシティ価値)を保護する権利」があります。

小室哲哉さんは、自分の基本的人権の一部(一部の肖像権とか、事務所プロフィールに乗る程度の個人情報とか)を放棄して、有名になったり曲の宣伝をしたりするのに使っています。

そういうことをしてもいい権利を持っているのです。


それによってその方は自分を「広報」しているので、読むな使うなといった類の情報とは一線を引いています。

お辞めになった方についてどうかというと、今でも小室さんの曲は売られていて「小室さんだから買う」人も多いのですから、お辞めになる前と同様かと存じます。


ご家族のものであるとか、秘密にしている生年月日を使われるとか、それだと同業者として「ええ…(-"-)」と思うけれど、今回の方の記事は全くそういうのとは違います。


こうやって名前が上がることで、小室さんはこのブログを読む人に「ふと」名前を思い出してもらえ、ひょっとしたら曲を買ってもらえるかもしれないのです。

買われた曲の印税は、引退後も入ります。


だから、小室さんにしたら、この程度の利用のされ方はむしろウェルカムなのです。


(そりゃ、「この人の誕生日はこうだから性格が悪い、いついつに死ぬ」みたいなことを言ったら、個人情報の侵害ではなく誹謗中傷になりますけどね…)


例えば、音楽をやってる旦那様(この知人の旦那様は音楽家)は住んでいる地域を歌にしていると思いますが、それを知った人が「あの人は◯◯市在住」と言ったところで、曲の宣伝にはなったとしても個人情報の侵害として怒るようなことではない、というのと同じです。

「方位占いでは、◯◯市在住の◎◎さんは、こういう性格の方です」というのがあったとしたら、気持ち悪いでしょうけれども、使ってる個人情報は『◯◯市在住』だけなので「法的にダメ」とは言い切れません。

ブログのプロフィールを読んだ人が「◎◎さんははB型だからおっちょこちょいなんだよね」ってのと同じレベルです。若干の誹謗中傷を感じますが、このレベルで怒るなら血液型の表記は消すべきでしょうし。

あ、私、B型です。

 

「◯◯市××町の△△マンション在住らしい、跡をつけて把握した」までやられたら、そりゃ警察モノですけどね。


(参考::wikipediaパブリシティ権https://ja.wikipedia.org/wiki/パブリシティ権

ケガレとキヨメ

…って、だいたいにおいて「イジメ」だからね。

自分たち優位を作るための言い訳だからね。

 

子供もやるじゃん、いじめられっ子に向かって「汚い」って言い放つの。

人権を踏みにじる感じ。

 

国技だからって、性別で人権侵害を認めるのはやっぱりちょっと違うと思う。

 

http://temita.jp/twitter/59072

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溺れる溺れる溺れる

私は今、たいしたストレスは抱えていないと思っているんだけど、なぜかストレス由来と思われる体調不良で潰されそうになっている。

 

首の痛み、肩こり、背痛、腰痛、坐骨神経痛

頭痛、吐き気、めまい。

車酔い、動悸、頭がぼんやりする、離人感。

喉が詰まった感じ。

 

明確にストレスでもなさそうなんで、病院で相談にも乗ってもらえない。

 

気圧かなあ、天候不良とかかなあ。

ここんところ急に大雨が降ったりするし。

 

…で。

あんまりストレスに感じているとは思えないんだけど、夫は現在休職&求職中。

夫とは仲良しでいられていると思うのだけど、一人でのんびりテキトーなご飯食べて好きな時にお散歩に行って気が向けばハンドメイドに熱中して…っていう生活からしたらまあ、ストレスかな、夫がずっと家にいるの。

最初の頃はいろいろ思うところあったけど、今は慣れたというか、なんとも思ってないと思ってる、はずなんだけど。

 

その上、義父はおととい、誤嚥性肺炎で施設から病院に緊急搬送された。

こっちは命に関わるので、やはり緊張したし、いくら血が繋がっていないとはいえ良義父なので心配。

 

それと同時に、実父が他界した時書類を整えるので走り回った2年前のしんどい思い出が蘇る。

 

そのせいで調子が悪いのか、まだ何もことが始まっているわけでもないのにものすごい抑うつ感。

 

余計なことを考えることでなんの役に立つのか、むしろただ消耗しているだけなんじゃね?ってのはわかっているつもり。

なんだけど、しんどい…頭じゃなくて体がしんどがっている。

 

とりあえずマッサージを受けてみようとは思っているけど、今後どうなるのかな。

楽になるといいんだけどな。

 

そのさらに上、自分のことが分からなくなり…私の価値ってなんだろう?働けもしないですぐ疲れて潰れているのにこうやってただ生きている、自分っている意味あるのかなあ、なんてことも考えてしまったりしている。

 

考えすぎるとその考えに溺れちゃうのよね。

策士でもなく策を練っているのでもないので例の格言を引き合いに出すのとは違うけど。

 

しんどいなー。

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うつ病と「怒り」

私は20年選手の長距離うつ病患者なのだが、急性期に比べれば今はなんとかやっていられるだけの余裕がある。

 

その余裕はどうやって作られたか。

夫が「仕事辞めたら?」と言ってくれた。 

それがなければあの地獄の仕事から抜けられなかった。

 

そう、地獄。

私を無駄に試そうとしたあの人。

辛くて苦しいのを横目で見てたのにフォローもなかった上司。

褒められるでもなく、ただ後ろから襲いかかる仕事をなんとかこなすしかない、モチベーションの保てない状態。

潰れて仕事を休めば、迷惑そうな顔をされる。

挙句、別のところへ移動したら「頭のおかしいの」扱いでいじめられる。  

 

日々生きるのに精一杯で、ふと力を抜くと「死んでしまいたい」とか考えてしまう毎日。

 

生きていても意味ないじゃん。

私は私のことが嫌い。すぐに疲れてしまう私が、いじめられても文句が言えない私が、薬を飲んでいる私が、死にたいと思う私が。

 

めちゃくちゃに怒りを覚えていた。

 

ここにいないほうがいいじゃん。

 

今。

相変わらず薬を飲み続け、ドクターストップという名の免罪符をもらって仕事をやらず、好きなことだけして生きている。

それは多分、適応障害を起こして辛い思いをしている夫には、うらやましいことなのだと思う。

 

夫は、会社のシステムとか仕事のやり方とか人間関係とか、なにやらいろいろ辛くなっている。 

説明するのは難しい。私は彼ではないし、彼は私にそれほどキチンとした状態の悪さを訴えない。

 

なのに「朝が辛い、しんどい」「肩が凝った」「頭痛がする」など、私に訴えてくる。

イイコイイコしてあげると納得してまた立ち向かっていく。

 

私の方こそ、散々夫に迷惑をかけているだろう。 結婚して10年、そのうちの結構な年月私の「辛い、死にたい」に耐えてきてくれている。 

 

それでも、今日みたいに私もまた泣きそうだったり、死にたくなってたりするのに「今ストレスで自分のことしか考えられない」と言われると、まぁそうだよねー私のケアをしてくれる人なんかいないんだよねーってなる。

 

死にはしないだろうけど、死にたい。

 

夫は私とのスキンシップを好むが、私はいちいち触ったりしなくちゃならないことが嫌い。

それでも彼の安心のためにやっている。

 

我慢したくない。

私もナデナデされてヨシヨシって言われたい。

「お前はよく頑張ってるよ」と言われたい…。

 

疲れた。

今日は余ってる薬をちょっと飲んで、寝ちゃうに限るかな。

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「禁煙ファシズム」とはまた穏やかでない

タバコは「生活必需品」ではなく「趣味」という位置付けがハッキリすれば、喫煙者非喫煙者どちらも住み分けができるはず。

 

ダーツバーではダーツをやってもやらなくてもいい、でも、普通のバーではダーツは投げない。
カラオケスナックでは歌っても歌わなくてもいいけど、ファミレスで大声で歌うのはダメ。
今でもちゃんと「個人的趣味を楽しむ店」はあるわけで、喫煙も「個人的趣味」としてレジャー領域で受け止めるようにすればいいんだと思うんだよなあ。

 


山登りを楽しむ人は命を危険に晒すけど、その責任は自分でとる。そうまでしても山に登りたい、楽しみがある。
喫煙も命を危険に晒すけど、そうまでしても吸いたい美味しさがあるのだろうから、他人に文句を言われない形で吸える環境を作ればいいじゃない。

 

 

だから、普通の飲食店は全面禁煙にして、スモーキングカフェみたいなのが流行ればいいんじゃないのかなーなんて思う。
おひとりさま歓迎の雰囲気をちゃんと打ち出して、オシャレな雰囲気でタバコ吸える店。
シガーバーなんて言いかたするのね。

 

私はタバコの煙が嫌いなので、住み分けてもらえるととても助かる。

 

diamond.jp

精神的な障害と「診断されるということ」

リンク先は、タレントのGENKINGが性同一性障害をカミングアウトしたという記事だ。

医師の診断書を示してその事実を明らかにしている。

 

本人は「病気だ」と言っているが、一生治らないお墨付きが出ているようなので「(治療の対象となる)病気」というよりも「(一生付き合う)障害」と言っていいようである。
「障害」というのは、今の社会の中でフツーに生活をするのにはなかなか難しい性質、とでも言えばいいんだと思う。
好きな性別を生きられる社会なら、性同一性障害が「障害」になることは無い。でもそうではないから、生きづらい。

 

精神的な障害は、病巣が見て取れないから「お前の性格がおかしいだけだ」とか「努力が足りないんだ」とか「甘え」とか言われやすい。


例えば、高熱で寝込んでいる人は「怠けてる」とはあまり言われないと思うけど、うつ病の人が寝込んでいると「怠けてる」と言われやすい。
どちらも体がだるくて気力も出なくてとても動ける状態ではないのに。
…そういうのをイメージすると分かりやすい、かな。

 

リンク先記事のこの人は、そういう診断が出ているからには、趣味でやってる女装の人とは違う。
本来の自分を生きられない苦しみを背負っているわけだ。

だから、診断されると、ホッとする。
少なくとも「女みたいにナヨナヨしてる」と謗られるのは間違っている。この人は、本来女性なのだ。
本当のところが外からは見極めづらい苦しさ。それを医学に説明してもらって、やっと謗りを免れるキッカケが掴めたのだから。

 

「なんでも病気だと言ってしまうのには抵抗がある」というコメントが寄せられたそうだけど、お医者さんに保証でもしてもらえないと「障害そのもの+社会からの圧力」で苦しむ人達の心の安寧は保ちづらい。
診断をもらったということは、権威に「見える化」してもらったというだけのことなのだ。

 

そんなところがあることは、フツーに生きてる人には分かりづらいのかもしれない。
生まれながらに女で、性自認も女で、性的対象も男である「女として社会で生きやすいタイプ」の私にも、この人の本当の苦しみなんか分かっちゃいないんだろうと思う。

 

m.huffpost.com